MM理論と配当政策
資本構成、負債節税効果、配当無関連の考え方を整理する
このページの役割
企業の価値は、どうやって決まるのか。営業キャッシュフローの大きさで決まります。では、その営業キャッシュフローを、どうやって調達元(株式か借入か)に分配するかは、価値に影響するのでしょうか。このページでは、この根本的な問いに対して、完全市場の理想世界で提示したMM理論から始めます。次に現実(法人税あり)でどう変わるかを見て、最後に配当と株価の関係を整理します。
このページを読む前に
企業の資金源は 2 つ——株主からの出資(自己資本・E)と金融機関からの借入(負債・D)です。企業価値を V、法人税率を τ とするとき、このページでは「VL = VU なのか」「VL = VU + τD なのか」という問いを、完全市場と現実の 2 つの世界で分けて考えます。
MM命題I(無税):完全市場での資本構成の無関係性
なぜ資本構成が問題になるのか
企業が 1,000 万円の営業キャッシュフローを生む場合を想像してください。この 1,000 万円をどうやって調達するか——100% 株式なのか、50% 株式・50% 借入なのか——によって企業価値は変わるでしょうか。
直感的には「借入は金利が安いから、借入を増やすほど企業全体のコストは下がり、価値が上がるのではないか」と考えたくなります。ところがモジリアーニとミラーは、完全市場(情報非対称性もなく、倒産コストもない理想世界)では、資本構成は企業価値に無関係だと主張しました。これが MM 理論の命題 I です。
命題Iの基本的な考え方:ピザの例
命題 I の本質は単純です。企業価値というピザがあります。そのピザを株主と債権者でどう切り分けるかで、ピザ全体の大きさが変わるわけではないということです。
完全市場では、企業が借入を増やすと、以下のことが起きます:
- 債権者の視点:企業は借入を増やし、株主の持分が相対的に小さくなる。
- 株主の視点:経営がうまくいかなくなるリスクが高まる。なぜなら、まず借入を返さないといけないから。
- リスク補正:株主はより高いリターン(株主資本コスト)を要求する。
- 相殺:借入を増やしたメリット(低い金利)が、株主が要求するより高い利回りでちょうど打ち消される。
結果として、企業全体の資本コスト(WACC)は変わらず、企業価値も変わりません。
数式:命題I(無税)
負債がある企業の価値を VL、無負債企業の価値を VU とするとき、完全市場では:
VL = VU
つまり、企業がいくら負債を追加しても、企業価値は変わらないということです。
重要な前提条件
MM命題I(無税版)が成り立つには、完全市場の仮定が必須です。つまり、(1) 倒産コストがゼロ、(2) 情報の非対称性がない、(3) 法人税がない、(4) 個人と企業の借入金利が同じ、という 4 つの条件を全て満たしている必要があります。この前提を外すと、命題は成り立たなくなります。
MM命題II(無税):株主資本コストはレバレッジで上昇する
なぜ株主資本コストが上昇するのか
命題 I が「企業価値は変わらない」なら、命題 II は「ではどのメカニズムで価値が守られるのか」という答えです。
負債を増やすと、株主が要求する利回り(株主資本コスト)は上昇します。その理由は簡単です。負債が増えると、営業がうまくいかなかったときに、先に損を被るのは株主だからです。経営が悪化しても、銀行への返済は変わりません。つまり、財務レバレッジが高まると、株主のリスクが増えるのです。
完全市場では、この増加したリスクに見合う形で、株主が要求する利回りが上昇します。結果として、WACC(企業全体の加重平均資本コスト)は変わりません。
数式:命題II(無税)
無負債企業の資本コストを Ru、負債コストを Rd、負債と自己資本の比率を D/E とするとき:
Re = Ru + (Ru - Rd) × (D/E)
ここで:
- Re は株主資本コスト
- Ru は無負債企業の資本コスト(全体としてのハードルレート)
- (Ru - Rd) は、借入と株式の間のリスク差を表す
- D/E が大きいほど、株主資本コストは高くなる
具体例で理解する
無負債企業の資本コスト(ハードルレート)が 10%、借入金利が 4% の企業を考えましょう。負債と自己資本の比率 D/E が 0.5(つまり、借入が 500 万円、自己資本が 1,000 万円)のとき:
Re = 10% + (10% - 4%) × 0.5 = 10% + 3% = 13%
株主は 13% のリターンを要求します。借入が多くなると、この要求利回りはさらに上昇します。例えば D/E = 1.0(借入と自己資本が同額)なら:
Re = 10% + (10% - 4%) × 1.0 = 10% + 6% = 16%
一見すると「株主資本コストが上がるのは悪い」と思いますが、実は企業全体の加重平均(WACC)はこの過程で一定に保たれています。つまり、安い借入を増やしても、その分株主が要求する利回りが上がるため、トータルのコスト(WACC)は変わらないわけです。
命題IIの直感的理解
命題Iと命題IIは表裏一体です。「企業価値は変わらない(命題I)」という結論は、「株主資本コストがレバレッジで上昇し、WACC が変わらない(命題II)」というメカニズムの上に成り立っています。
法人税を導入するとMM理論はどう変わるか
なぜ法人税で命題が変わるのか
ここまで説明した MM 理論は、完全市場かつ法人税なしという非現実的な世界の話です。現実には法人税があります。ここが全てです。
借入すると利息が発生し、利息は企業の費用(損金)として計上できます。つまり、支払利息によって課税所得が減り、支払う税金が減ります。これが**節税効果(タックスシールド)**です。
例えば、企業が 400 万円を借りて年 4% の金利を払う場合、毎年 16 万円の利息が発生します。法人税率が 30% なら、この 16 万円の利息によって 4.8 万円の税金が節約されます(16 万円 × 30%)。この節税効果は、負債がある限り、毎年発生します。
完全市場(無税)では、負債を増やしても企業価値は変わりませんでした。しかし税金がある場合、節税効果が企業価値を増加させるのです。
命題I(法人税あり):企業価値が上昇する
法人税を考慮したとき、負債がある企業の価値は:
VL = VU + τ × D
ここで:
- VL は負債がある企業の価値
- VU は無負債企業の価値
- τ は法人税率
- D は負債の時価
つまり、無負債企業の価値に、負債の節税効果(τ × D)を加えた分だけ企業価値が増加するということです。
具体的な計算例
無負債企業の企業価値が 1,000 万円、法人税率が 30%、追加した負債が 400 万円だとします。
負債がある企業の価値は:
VL = 1,000 + 0.30 × 400 = 1,000 + 120 = 1,120 万円
追加した負債によって、企業全体の価値が 120 万円増えました。これが節税効果です。
この 1,120 万円のうち、負債は 400 万円なので、株主資本の価値は:
E = 1,120 - 400 = 720 万円
無負債企業の株主資本が 1,000 万円だったとすれば、株主資本は 280 万円減りました。一方、企業価値全体は 120 万円増えています。この 120 万円は、節税効果として「企業(そして全体的には株主)に帰属する価値」です。
命題II(法人税あり):株主資本コストの上昇が緩和される
法人税がある場合、株主資本コストは:
Re = Ru + (Ru - Rd) × (1 - τ) × (D/E)
無税の場合と比べて、(1 - τ) が掛かっています。これは何を意味するか。
τ = 30% なら (1 - τ) = 0.70 です。つまり、負債を増やしたときの株主資本コストの上昇が、無税の場合より 30% 緩いということです。なぜなら、その分の節税効果が企業に帰属するからです。
例えば、Ru = 10%, Rd = 4%, D/E = 1, τ = 30% のとき:
Re = 10% + (10% - 4%) × (1 - 0.3) × 1 = 10% + 6% × 0.7 = 10% + 4.2% = 14.2%
無税の場合は 16% だったので、法人税があるおかげで株主資本コストの上昇が 4.2% に抑えられています。
法人税ありのMM理論のまとめ
- 命題I(無税):VL = VU(負債を増やしても企業価値は変わらない)
- 命題I(有税):VL = VU + τD(負債の節税効果で企業価値が増える)
- 命題II(無税):Re = Ru + (Ru - Rd) × D/E
- 命題II(有税):Re = Ru + (Ru - Rd) × (1 - τ) × D/E
試験では「法人税がある場合の VL = VU + τD」を計算させる問題が頻出です。
最適資本構成は本当に存在するのか
理論上の矛盾:負債が増えるほど企業価値は高い?
MM 理論の有税版によれば、VL = VU + τD です。これは「負債が多いほど企業価値が高い」ということを意味します。ならば、企業は 100% 借入で資金を調達すべきではないか——そう考えるのは理論的には正しいですが、現実ではそうなりません。
なぜなら、負債が増え続ければ、やがて倒産コストが急速に増えるからです。倒産が近づけば、取引先は企業の商品を買わなくなり、優秀な人材は逃げ出し、金融機関は追加融資をしなくなります。倒産に至らずとも「財務的困窮(ファイナンシャル・ディストレス)」の兆候が見えれば、企業価値は毀損します。
現実では、節税効果による価値上昇と倒産コストによる価値下落が、どこかで均衡する最適な負債比率が存在すると考えられます。これがトレードオフ理論です。
トレードオフ理論
企業価値 = 無負債企業の価値 + 節税効果 - 倒産コスト
最適な資本構成では、節税効果の限界的な増加分と倒産コストの限界的な増加分がちょうど等しくなる点で、企業価値が最大化されます。
試験では「トレードオフ理論では、負債のメリット(節税効果)とデメリット(倒産コスト)のバランスで最適資本構成が決まる」という定性的な理解が問われることが多いです。
ペッキングオーダー理論
もう 1 つ重要な理論が、ペッキングオーダー理論(資金調達順序理論)です。この理論は、企業が情報の非対称性(経営者は企業の将来を知っているが、外部の投資家は知らない)の下で、以下の順序で資金調達を行うと主張します:
- 内部留保(利益を配当せずに貯める)——最も優先
- 負債(借入・社債)——その次
- 新株発行——最後の手段
なぜこの順序か。新株を発行するということは、市場では「経営者が株価を高いと考えている(割高と思っている)」というシグナルと受け取られるため、株価が下落するからです。だから企業は新株発行を避け、内部留保と負債を優先するのです。
ペッキングオーダー理論では、「最適な負債比率」は特に設定されず、資金調達の優先順序の結果として、いつのまにか負債比率が決まるという考え方です。
エージェンシー理論と負債の規律効果
第 3 の視点がエージェンシー理論です。株主と経営者の利害が一致しないとき、その利害対立から生じるコストをエージェンシーコストと呼びます。
負債が存在すると、企業は毎年一定の利息を支払わなければならず、さもなければ借入契約を違反します。これは経営者に対して、フリーキャッシュフロー(FCF)の浪費を防止する規律効果をもたらします。つまり、借入があるおかげで、経営者は無駄な設備投資や高級な会社施設に金を使いにくくなるわけです。
一方、負債が過度に多すぎると、別の問題が生じます。企業が経営難に陥ったとき、株主は企業をハイリスク・ハイリターンのプロジェクトに突き進ませたくなります(失う分も限定的だから)。これが資産代替問題です。
株式分割:名目的な取引の実態
株式分割とは
企業が既存の株式を分割する取引です。例えば 1 株を 2 株に分割する(1:2 分割)場合、保有している 100 株は 200 株になります。ただし、企業自体のビジネスや資産は何も変わりません。
株式分割が企業価値や株主価値に与える影響
結論から言えば、株式分割は企業価値にも株主価値にも影響しない——これが完全市場での理論的結論です。
具体例で考えます。企業の株価が 1,000 円、発行済株式数が 1,000 万株だとします。企業全体の時価総額は 1,000 円 × 1,000 万株 = 10,000 万円です。
ここで 1:2 分割を実施すると:
分割後の株価 = 1,000 ÷ 2 = 500 円 分割後の発行済株式数 = 1,000 万 × 2 = 2,000 万株 分割後の企業全体の時価総額 = 500 円 × 2,000 万株 = 10,000 万円
企業全体の価値は変わりません。株主が持つ総資産額も、100 株で 10 万円が 200 株で 10 万円に変わるだけで、同じです。
株式分割が行われる理由
では、なぜ企業は株式分割を実施するのか。理論的な価値は変わらないなら、意味がないではないか。
現実には、いくつかの理由があります。
- 流動性の向上:株価が低くなると、小口投資家でも買いやすくなり、取引量が増える可能性がある。
- 心理効果:1 株 500 円より 1 株 1,000 円の方が「高級感」を感じる人もいるし、逆に 1 株 500 円の方が「買いやすい」と感じる人もいる。完全市場ではこうした心理的効果は無視されますが、現実市場では無視できません。
- 経営者の意思表示:株式分割は「株価が上昇する見込みがあるから、より多くの投資家に保有してもらいたい」というポジティブなシグナルとして受け取られることがある。
ただし、試験では「株式分割は企業価値を変えない」という原則を抑えることが重要です。
株式分割と増資の違い
混同しやすいので整理します:
| 項目 | 株式分割 | 増資 |
|---|---|---|
| 新たな資金流入 | なし | あり |
| 企業価値 | 変わらない | 投資の成果次第で変わる |
| 1 株当たり価値 | 低下 | 低下する傾向(発行済株式数増加) |
| 目的 | 流動性向上など | 新規事業投資、買収など |
配当政策と企業価値
MM配当無関連命題:配当と企業価値の関係
MM 理論は、資本構成に加えて、配当政策についても命題を出しているのです。それが配当無関連命題です。
完全市場では、配当政策は企業価値に影響しません。なぜか。
企業が配当を増やすと、その分だけ内部留保が減ります。するとどうなるか。企業が今後の投資に必要な資金が足りなくなるので、新株発行か追加借入で補わなければなりません。逆に、配当を減らして内部留保を増やしても、将来の投資に使われるか、株主に対して大規模な自社株買いで還元されるかのいずれかです。
つまり、「いま配当として払うか、後で新株発行や自社株買いで払うか」という時間の違いに過ぎず、トータルでの株主への現金還元は変わらないのです。企業価値を決めるのは「どのプロジェクトに投資するか」という投資政策であり、その投資で得られた現金をいつ、どの形で還元するかは価値に影響しないということです。
現実の配当政策:完全市場の仮定を外す
もちろん、現実の市場は完全ではありません。完全市場の仮定を外すと、配当政策にはさまざまな効果が現れます。
シグナリング効果:経営者は企業の将来について、外部の投資家より多くの情報を持っています。増配(配当を増やす)は「経営者が企業の将来を楽観視している」というシグナルとして、株価にプラスに働くことがあります。逆に減配は「経営が苦しい」という悪いシグナルです。
クライアンテル効果:配当政策に応じて、特定タイプの投資家が自然に集まる現象です。例えば、高配当銘柄には安定志向のシニア投資家が集まり、無配当の成長企業には成長期待の個人投資家が集まります。
残余配当政策:投資に必要な資金を確保した後の「余り」を配当に回すという政策です。配当が固定的ではなく、投資機会に応じて変動します。試験では「投資政策が優先で、配当政策は従」という考え方として出題されることがあります。
安定配当政策:業績が変動しても、一定の配当を安定的に支払うという政策です。企業の信頼性を高めるメリットがある一方、景気悪化時に資金繰りが苦しくなるリスクもあります。
自社株買い:配当の代わりに、企業が自分の株式を市場で買い戻す施策です。発行済株式数が減るため、1 株当たり利益(EPS)が上昇する効果があります。ただし、企業全体の利益は変わらないため、実質的には配当と同じ価値還元です。
配当政策と投資政策の違い
試験で最もよく間違われるのが、配当政策と投資政策の混同です。企業価値を決めるのは「どのプロジェクトに投資するか」という投資政策です。その結果得られた利益をいつ、どの形で還元するか(配当か自社株買いか、あるいは内部留保か)という配当政策では、企業価値は変わりません。投資政策が悪ければ、配当をいくら増やしても企業価値は上がりません。
株価の理論値:配当割引モデル
配当割引モデルの基本的な考え方
株式の価値は、将来の配当から生まれます。企業がいま 100 万円の利益を上げても、それを全て配当しなければ、株主が受け取る現金はありません。将来配当として受け取れるから、株式には価値があるのです。
配当割引モデル(DDM)は、この基本的な考え方に基づいています。株式の理論価格 = 将来に受け取ると期待される配当の現在価値の合計です。
ゼロ成長モデル:配当が永久に一定の場合
配当が毎年同じ金額 D で永久に続く場合、株価は単純な割り算です:
P₀ = D / Re
ここで:
- P₀ は現在の理論株価
- D は毎年の配当(一定)
- Re は株主資本コスト(ハードルレート)
直感的には、「毎年 D 円をもらえるなら、その合計の現在価値はいくらか」という問いです。例えば、毎年 100 円の配当で、株主資本コストが 5% なら:
P₀ = 100 / 0.05 = 2,000 円
つまり、この株式の理論価格は 2,000 円ということです。
ゴードン成長モデル:配当が毎年一定率で成長する場合
現実には、配当は成長します。企業の事業が成長すれば、利益が増え、配当も増えるからです。配当が毎年一定の成長率 g で増える場合がゴードン成長モデルです。
P₀ = D₁ / (Re - g)
ここで:
- P₀ は現在の理論株価
- D₁ は 1 年後の予想配当(D₁ = D₀ × (1+g))
- Re は株主資本コスト
- g は配当の成長率
重要な条件があります。Re > g でなければならない。もし Re ≤ g なら、このモデルは使えません。なぜなら、分母が 0 以下になるからです。この条件が満たされない場合は、別の評価方法を使う必要があります。
ゴードンモデルの計算例
具体的な数字で進めます。
データ:
- 今期の配当(D₀)= 100 円
- 配当成長率(g)= 6%
- 株主資本コスト(Re)= 8%
ステップ 1:1 年後の配当を計算 D₁ = 100 × (1 + 0.06) = 106 円
ステップ 2:条件確認 Re(8%) > g(6%)? → はい。モデルが使える。
ステップ 3:理論株価を計算 P₀ = 106 / (0.08 - 0.06) = 106 / 0.02 = 5,300 円
この企業の株式の理論価格は 5,300 円です。
逆算:株主資本コストを求める
逆に、株価と配当から株主資本コストを求めることもできます。ゴードンモデルを変形すると:
Re = (D₁ / P₀) + g
これは「配当利回り + 成長率 = 株主資本コスト」という表現になります。例えば、株価 5,000 円、1 年後の配当予想 150 円、成長率 3% なら:
Re = (150 / 5,000) + 3% = 3% + 3% = 6%
この株式が要求する資本コストは 6% だということです。
サステナブル成長率:内部留保で達成できる最大成長率
企業が外部から新たに資金を調達しない場合、どこまで成長できるか。その答えがサステナブル成長率です。
企業の利益は、配当として株主に還元されるか、内部留保として企業に貯まるか、どちらかです。内部留保された資金を再投資して ROE で回転させれば、その分だけ企業は成長します。
g = ROE × (1 - 配当性向) = ROE × 内部留保率
具体例:
企業の ROE が 12%、配当性向(利益のうち配当に回す割合)が 40% なら、内部留保率は 60% です。
g = 12% × 0.6 = 7.2%
外部資金調達なしで、年率 7.2% の成長が可能です。
ゴードンモデルとの関連:このサステナブル成長率を、ゴードンモデルの g として使うことで、企業の理論株価を求めることができます。試験では「ROE と配当性向からサステナブル成長率を計算し、それをゴードンモデルに代入して理論株価を求める」という問題が頻出です。
ゴードンモデルの使い方のポイント
- Re > g の条件を必ず確認する。この条件なしでは、モデルが成立しない
- D₁ は「1年後の配当」。D₀(今期の配当)を (1+g) で増やした値
- g は「持続可能な成長率」。歴史的な実績成長率ではなく、サステナブル成長率を使うのが理論的
2段階成長モデル:成長率が変わる場合
現実の成長パターン
企業の成長は一定ではありません。立ち上げから数年は高い成長率で成長し、やがて市場が飽和に近づくと成長率が低下する。このパターンが多くの企業の現実です。
高成長期と安定期に分けて評価するのが2段階成長モデルです。
2段階成長モデルの計算手順
データの例:
- 現在の配当(D₀)= 100 円
- 高成長期:最初の 3 年、成長率 g₁ = 10%
- 安定期:4 年目以降、成長率 g₂ = 2%
- 株主資本コスト(Re)= 8%
ステップ 1:高成長期の配当の現在価値を計算
毎年の配当を 1 つずつ計算して、現在価値に割り引きます。
1 年目:D₁ = 100 × 1.10 = 110 円 → PV = 110 / 1.08 = 101.85 円 2 年目:D₂ = 110 × 1.10 = 121 円 → PV = 121 / 1.08² = 103.74 円 3 年目:D₃ = 121 × 1.10 = 133.1 円 → PV = 133.1 / 1.08³ = 105.66 円
高成長期の現在価値合計 = 101.85 + 103.74 + 105.66 = 311.25 円
ステップ 2:安定期の株式価値を計算
3 年目の終わりで、企業は安定期に入ります。4 年目以降の配当はゴードンモデルで一括評価します。
4 年目の配当:D₄ = 133.1 × 1.02 = 135.76 円
3 年目の終わり時点での安定期の株式価値(ゴードンモデル): V₃ = D₄ / (Re - g₂) = 135.76 / (0.08 - 0.02) = 135.76 / 0.06 = 2,262.67 円
この 2,262.67 円は「3 年目の終わりの時点での価値」なので、現在価値に割り引く必要があります: PV = 2,262.67 / 1.08³ = 1,796.18 円
ステップ 3:理論株価を計算
P₀ = 高成長期の現在価値 + 安定期の現在価値 P₀ = 311.25 + 1,796.18 = 2,107.43 円
2段階モデルの計算で気をつけること
- 高成長期は毎年個別に割引く:3 年間だからこそ手作業で計算できます。期間が長い(10 年以上)と、年金現価係数を使う工夫が必要です。
- 安定期の価値を「何年目の時点での価値か」を明確に:ゴードンモデルで求めた値は、その基準年の時点での価値です。例えば 3 年目の終わりの価値を求めたなら、現在(0 年目)の価値に割り引く際に 3 年分割引く必要があります。
- DCF 法との構造は同じ:DDM の 2 段階モデルは、企業価値を評価する DCF 法の構造と完全に同じです。「予測期間のキャッシュフロー + 継続価値」という構造が 2 段階成長モデルでも出現します。
DCF法、DDM、MM理論をどうつなぐか
このページでつまずきやすいのは、DCF法、DDM、MM理論 が別々の理論に見えることです。実際には、同じ企業を どこから見るか が違うだけです。
どの理論が何を説明しているか
| 問い | まず使う道具 | 直接出るもの | このページでの意味 |
|---|---|---|---|
事業が将来いくら FCF を生むか | DCF法 | 企業価値 | 価値の源泉は投資政策と営業キャッシュ創出力にある |
負債を増やすと V、E、Re、WACC はどう動くか | MM理論 | 企業価値 と 株主資本コスト の関係 | 資本構成が価値配分や要求収益率へどう効くかを見る |
| 株主へ流れる配当から株価をどう出すか | DDM / ゴードンモデル | 株主価値 | 株主側から見た価値を、配当系列で評価する |
1 本で読む順
- まず、企業の価値を動かしているのが
投資政策なのか、資本構成なのか、配当政策なのかを切ります。 投資政策が変わるなら、NPVやDCF法でFCFの厚みがどう変わるかを見ます。借入比率が変わるなら、MM理論で企業価値、株主価値、株主資本コストの動きを見ます。配当政策だけが変わるなら、完全市場では価値は変わりません。DDMは配当流列から株主価値を求める道具であり、増配したから価値が上がると短絡しないことが重要です。
受験生向けの一本線
DCF法 = 事業の稼ぐ力、MM理論 = 負債と自己資本の切り分け、DDM = 株主への還元列 と置くと、どの理論で何を直接見ているかを整理しやすくなります。
問題を解くときのチェックリスト
試験問題を読むたびに、以下を確認してください。
1. 前提条件の確認
- 問題は「完全市場」を仮定しているか、それとも「法人税あり」か。
- VL = VU(無税)か、VL = VU + τD(有税)かで計算方法が全く変わります。
2. 何を求めるのか
- 企業価値(V)か、株主資本の価値(E)か。
- 負債の価値(D)と混同していないか。
3. MM理論の命題を正確に
- 命題 I:企業価値は資本構成に依存するか。
- 命題 II:株主資本コストがレバレッジで上昇するか。
- (1-τ)を掛け忘れていないか(有税の場合)。
4. 配当政策と投資政策の分別
- 企業価値を決めるのは配当政策か投資政策か。
- 配当無関連命題の前提(完全市場)を満たしているか。
5. ゴードンモデルの使用条件
- Re > g か必ず確認。Re ≤ g なら別の方法を使う。
- D₁ を正しく計算しているか(D₀ × (1+g))。
典型的なつまずきと対策
つまずき 1:「負債コストが安い」→「負債を増やすほどよい」と短絡
対策:MM 理論は「負債を増やすと、株主資本コストが上がる」ことを言っています。無税の場合、この上昇がちょうど負債の安さを相殺するため、WACC は変わりません。法人税ありの場合でも、倒産コストのリスクを考えると、無限に負債を増やすことはできません。
つまずき 2:「法人税なし」と「法人税あり」の結論を混ぜる
対策:
- 無税:VL = VU、企業価値は資本構成に無関係
- 有税:VL = VU + τD、節税効果で企業価値が増加
問題文を見た時点で「税ありか無しか」を明確に分ける。
つまずき 3:「配当が高い企業は必ず価値が高い」と短絡
対策:配当無関連命題を思い出してください。完全市場では、配当をいくら増やしても企業価値は変わりません。大事なのは「どのプロジェクトに投資するか」という投資政策です。
つまずき 4:ゴードンモデルで Re ≤ g のまま計算
対策:Re > g は成立条件です。この条件が満たされないなら、ゴードンモデルは使えません。問題によっては「成長率が資本コストを超える」という非現実的な設定になっていないか、問題文をよく読んでください。
つまずき 5:株式分割で企業価値が変わると思う
対策:株式分割は、ピザの大きさを変えずに、切り方だけを変える取引です。企業価値は変わりません。1 株当たり価値は下がりますが、株式数が増えるため、株主全体の保有資産額は変わりません。
つまずき 6:MM命題II(有税)で (1-τ) を掛け忘れ
対策:有税版では必ず (1-τ) が出現します。
- Re = Ru + (Ru - Rd) × D/E(無税)
- Re = Ru + (Ru - Rd) × (1-τ) × D/E(有税)
確認問題
問1:MM理論(有税)での企業価値計算
無負債企業の企業価値が 2,000 万円。法人税率 40%。新たに 600 万円の負債を導入した場合、企業価値と株主資本の価値を求めよ。
解答: VL = 2,000 + 0.4 × 600 = 2,000 + 240 = 2,240 万円 E = 2,240 - 600 = 1,640 万円
(企業全体の価値は 2,240 万円に増加し、その内訳は株主資本 1,640 万円と負債 600 万円。増加分 240 万円は節税効果)
問2:サステナブル成長率とゴードンモデル
企業の ROE が 15%、配当性向が 50%。今期の配当が 80 円、株主資本コスト 9% のとき、理論株価を求めよ。
解答: サステナブル成長率:g = 15% × (1 - 0.5) = 15% × 0.5 = 7.5% 条件確認:Re(9%) > g(7.5%) ✓ 1 年後の配当:D₁ = 80 × 1.075 = 86 円 理論株価:P₀ = 86 / (0.09 - 0.075) = 86 / 0.015 = 5,733 円
問3:2段階成長モデルの基本
現在の配当 100 円。高成長期 2 年(成長率 8%)、安定期以降(成長率 2%)。株主資本コスト 7%。理論株価を求めよ。
解答: 高成長期: D₁ = 108 → PV = 108/1.07 = 100.93 円 D₂ = 116.64 → PV = 116.64/1.07² = 101.88 円 小計 = 202.81 円
安定期(2年目末の価値): D₃ = 116.64 × 1.02 = 118.97 円 V₂ = 118.97 / (0.07 - 0.02) = 2,379.4 円 PV = 2,379.4 / 1.07² = 2,078.26 円
理論株価:202.81 + 2,078.26 = 2,281.07 円
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MM 理論と配当政策を学んだ後は、これらの理論を企業全体の価値評価に応用する段階に進みます。
- ファイナンス — 資本コスト、CAPM、WACC の基礎から企業価値評価までの全体像
- マルチプル法 — PER・PBR・EV/EBITDA による企業価値の相対評価
- デリバティブとリスク管理 — オプション・先物によるリスクヘッジの手法
- 効率的市場仮説 — 完全市場の仮定がどの程度現実に近いかを考える視点
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