マルチプル法と企業価値評価
PER、PBR、EV/EBITDA を使った相対評価、株式価値と事業価値の区別、割引超過利益モデルを整理する
このページの役割
企業をいくらで買うべきか、あるいは今の株価は割安か割高か。こう判断するとき、多くの場合は「似た企業はいくらで評価されているのか」という問いから始まります。不動産の相場を調べるときに近隣の売却事例を見るのと同じ発想です。このアプローチが マルチプル法(市場比較法) です。
企業価値評価には大きく 3 つのアプローチがあります。これらはそれぞれ異なる視点から企業の価値を測り、実務では複数の手法を組み合わせて最終評価を決めます。このページでは、各アプローチの概要から始め、マルチプル法の 3 つの主要指標(PER、PBR、EV/EBITDA)の定義、計算、使い分けまでを丁寧に解説します。
このページの読む前に
ファイナンス で資本コストと WACC の概念を理解していると、より深く理解できます。特に「なぜ企業に価値があるのか」という根本的な問いが背景にあることを意識しながら読んでください。
企業価値評価の 3 つのアプローチ
企業または株式の価値を評価する方法は、何を「ものさし」にするかで大きく異なります。診断士試験では 3 つのアプローチが柱です。
インカムアプローチ(収益基準法):将来の現金流から価値を見る
企業が将来生み出すキャッシュフロー(CF)を、現在価値に割り引いて評価する方法です。このアプローチは「企業は将来いくら稼ぐのか」という最も本質的な問いに直結しています。
代表的な手法は DCF 法(割引キャッシュフロー法) です。企業が 5 年間で生み出すと見込まれる営業キャッシュフロー、および継続価値(ターミナルバリュー)を加重平均資本コスト(WACC)で割り引き、現在価値に換算します。
メリット:企業独自の経営状況、成長性、資本構成を詳細に反映できます。長期的には最も説得力のある評価です。
デメリット:将来のキャッシュフロー予測の精度に依存します。予測誤差が大きいほど、評価結果の信頼性は低下します。
マーケットアプローチ(市場比較法):類似企業の評価から推定する
類似企業の市場評価を参考に、対象企業の価値を推定する方法です。不動産の鑑定と同じ発想で、「市場で何度も取引されている比較可能な企業がいくらで評価されているのか」を知ることで、対象企業の妥当な価値を類推します。
代表的な手法が マルチプル法 です。PER、PBR、EV/EBITDA といった指標を使い、類似企業のマルチプル値に対象企業の経営指標を掛けることで理論株価を算出します。
メリット:計算がシンプルで直感的です。市場データが豊富な企業ほど精度が高く、実務でも手軽に使えます。
デメリット:類似企業の選定方法に大きく左右されます。また、市場全体が過熱気味や冷え込み気味の場合、参考値としての信頼性が低下する可能性があります。
コストアプローチ(資産基準法):純資産の時価から評価する
企業の資産と負債を時価で評価し直し、その差額(純資産)を企業価値とする方法です。企業を解散するとしたら、資産をいくらで売却でき、負債をいくらで返済することになるか、という視点です。
代表的な手法は 修正純資産法 です。帳簿上の資産・負債を時価に修正し、簿価に含まれていない隠れた資産(営業権など)を加算します。
メリット:赤字企業や成長が期待できない企業でも、資産価値が明確であれば評価できます。安定性が高く、中小企業の M&A で基本的な評価手法として使われます。
デメリット:成長性や将来の収益力を反映しません。したがって成長企業の評価には向きません。
3 つのアプローチの関係
実務では、3 つのアプローチで複数の評価値を求め、その平均や中央値で最終的な企業価値を決めることが多いです。これにより、1 つの手法の弱点を他で補う効果が生まれます。
| アプローチ | 主要手法 | 対象 | メリット | デメリット |
|---|---|---|---|---|
| インカム | DCF法 | 企業価値 | 理論的、カスタマイズ可能 | CF予測の精度に依存 |
| マーケット | マルチプル法 | 株式価値(主)、事業価値 | シンプル、直感的 | 類似企業の選定に依存 |
| コスト | 修正純資産法 | 企業価値 | 赤字企業にも対応可能 | 成長性を反映しない |
マルチプル法の基本構造
マルチプル法の考え方は単純です。「類似企業がいくらで評価されているのか」を数値化し、それを対象企業に適用するという手法です。
マルチプルとは何か
マルチプル(倍率)とは、企業の経営指標(利益、純資産、キャッシュフロー等)に対して、市場がつけている相対的な値札です。言い換えれば「利益 1 円当たり、市場は何円の株価をつけているのか」「純資産 1 円当たり、市場は何倍の価値を認めているのか」という指標です。
類似企業の選定方法
マルチプル法の精度を大きく左右するのが、比較対象となる類似企業の選び方です。試験では明示されることが多いですが、実務では以下の基準で選定します。
- 業界が同じ:同じ産業に属し、ビジネスモデルが近い企業
- 規模が近い:売上規模や従業員数が大きく異ならない企業
- 成長性が類似:市場成長率や企業成長率が同程度
- リスク特性が近い:負債比率やキャッシュフロー変動性が同等
選んだ企業が対象企業と大きく異なると、マルチプル値も異なるため、評価結果の信頼性が低下します。
3 つの主要指標と計算
PER(株価収益率):利益に対する評価倍率
定義
PER = 株価 ÷ 1 株当たり当期純利益(EPS)
意味
PER は「利益 1 円を生み出すために、市場は何円の株価をつけているのか」を表します。言い換えれば「市場は、この企業の利益成長をどこまで期待しているのか」という将来への期待を反映した指標です。
PER が高い企業は、市場が高い利益成長を期待しており、低い企業は成長を期待していないか、すでに成熟している企業です。
計算例
類似企業 A 社:株価 2,000 円、EPS 100 円 → PER = 2,000 ÷ 100 = 20 倍
評価対象企業 B 社:EPS 150 円
理論株価 = 150 × 20 = 3,000 円
この計算は「A 社と同じ利益成長性を持つなら、B 社の株価は 3,000 円が適正」という判断です。
使い分け
PER は株主に帰属する価値(株式価値)を見ています。黒字企業同士の比較に向いています。ただし、利益が不安定な企業や赤字企業には使えません。
EPS(1 株当たり当期純利益)の計算
EPS = 当期純利益 ÷ 発行済普通株式数
100 万円の純利益を 10,000 株で割れば、EPS は 100 円です。
PBR(株価純資産倍率):純資産に対する評価倍率
定義
PBR = 株価 ÷ 1 株当たり純資産(BPS)
意味
PBR は「純資産 1 円に対して、市場はどれだけのプレミアムをつけているのか」を表します。PBR が 1.0 を上回れば、帳簿上の純資産よりも市場評価が高い(成長を期待)ことを意味し、1.0 を下回れば市場評価が簿価を割り込んでいます。
PBR が 1.0 以下の場合、極端に言えば「会社を清算してしまった方が株主は得をする」という信号でもあります。これは経営に対する市場からの強い不信を示します。
計算例
類似企業 A 社:株価 3,000 円、BPS 1,500 円 → PBR = 3,000 ÷ 1,500 = 2.0 倍
評価対象企業 B 社:BPS 1,200 円
理論株価 = 1,200 × 2.0 = 2,400 円
使い分け
PBR は特に以下の場面で有用です。
- 赤字企業の評価:利益がないため PER は計算できませんが、資産価値があれば PBR で評価可能
- 資産重視の業種:不動産、金融機関など、資産の時価が収益に大きく影響する業種
- 割安株探索:市場が不当に低く評価している企業を探す際の指標
BPS(1 株当たり純資産)の計算
BPS = 純資産 ÷ 発行済普通株式数
50 億円の純資産を 1,000 万株で割れば、BPS は 500 円です。
EV/EBITDA 倍率:事業価値と営業キャッシュ生成力の関係
定義
EV(企業価値)= 株式時価総額 + 有利子負債 − 現預金
EBITDA(利払い前・税引き前・減価償却前利益)= 営業利益 + 減価償却費
EV/EBITDA = 事業価値 ÷ 営業キャッシュ生成力の近似値
意味
EV/EBITDA は、PER や PBR とは根本的に異なる視点を提供します。PER は「税引後の利益」に基づくため、支払利息などの資本構成の影響を受けますが、EV/EBITDA は利息控除前の営業利益ベースで計算されるため、借金が多い企業と少ない企業を同じ土俵で比較できます。
さらに、減価償却費を加え直すことで「税率や減価償却方法の違い」を排除し、純粋に事業が生み出すキャッシュ創出力を比較します。
企業価値(EV)の構成要素を理解する
企業価値(EV)は、株主と債権者の両者に帰属する価値の合計です。
- 株式時価総額:株主に帰属する価値
- +有利子負債:債権者に帰属する価値
- −現預金:企業がすでに持っている現金(負債返済に充当可能)
たとえば、株式時価総額 800 億円、有利子負債 200 億円、現預金 50 億円の企業なら、EV = 800 + 200 − 50 = 950 億円です。
現預金を引く理由は「現金は借金を返す際に真っ先に使われるため、実質的な事業価値には含めない」という考え方です。
計算例
類似企業グループの平均 EV/EBITDA = 10 倍
評価対象企業:営業利益 80 億円、減価償却費 20 億円
EBITDA = 80 + 20 = 100 億円
理論 EV = 100 × 10 = 1,000 億円
現時点の株式時価総額が 700 億円、有利子負債が 150 億円、現預金が 50 億円なら、現 EV = 700 + 150 − 50 = 800 億円。比べると、対象企業は相対的に 200 億円割安と判断できます。
EBITDA の意味
EBITDA = Earnings Before Interest, Taxes, Depreciation, and Amortization(利息・税金・減価償却前利益)
営業利益に減価償却費を加え直す理由は「減価償却は非現金費用だから」です。企業が 100 万円の機械を 10 年で償却する場合、毎年 10 万円の減価償却費が利益を圧縮しますが、現金は支出されていません。実際のキャッシュフロー創出力を見るには、この非現金費用を加算する必要があります。
3 指標の使い分け一覧
| 指標 | 分母 | 対象価値 | 向いている場面 | 限界 |
|---|---|---|---|---|
| PER | EPS(利益) | 株式価値 | 黒字企業同士の比較 | 赤字企業に使えない |
| PBR | BPS(純資産) | 株式価値 | 赤字企業、資産重視業種 | 利益を反映しない |
| EV/EBITDA | EBITDA | 事業価値 | 資本構成が異なる企業の比較 | 事業規模が大きく異なると参考値の信頼性が低下 |
株式価値と事業価値(企業価値)の区別
試験出題で最も頻繁に見落とされる点が、この違いです。
株式価値とは
株式価値(エクイティ価値)は、株主に帰属する価値です。言い換えれば「企業をすべて売却してすべての借金を返済した後、株主に残る金額」です。
PER と PBR は株式価値を評価する指標です。これらは株主の視点から「この企業の株式はいくら価値があるのか」を問うています。
計算式
株式価値 = 企業価値 − 有利子負債 + 現預金(非事業用資産含む)
事業価値(企業価値)とは
事業価値(企業価値)は、株主と債権者の両者に帰属する価値の合計です。言い換えれば「企業が生み出す事業そのものに、どれだけの価値があるのか」という問いです。
EV/EBITDA は事業価値を評価する指標です。
計算式
事業価値 = 株式価値 + 有利子負債 − 現預金
逆に言えば:
株式価値 = 事業価値 − 有利子負債 + 現預金
具体例で理解する
企業 X の状況:
- 株式時価総額:600 億円
- 有利子負債:200 億円
- 現預金:50 億円
このとき:
事業価値(EV)= 600 + 200 − 50 = 750 億円
仮に企業 X を買収するなら、600 億円で株式を買い、さらに 200 億円の負債を引き継ぎますが、50 億円の現金を得られるため、実質支払額は 600 + 200 − 50 = 750 億円です。これが「事業全体をいくらで買うのか」という価値です。
一方、株主にとっての価値(株式価値)は 600 億円で、負債を返済したら残る価値という意味です。
マルチプル法の実践的な計算手順
手順 1:類似企業の選定と指標収集
複数の比較企業を選び、それぞれの以下のデータを集めます:
- 株価(最新の市場価格)
- 当期純利益(直近の決算から)
- 純資産(貸借対照表から)
- 営業利益(損益計算書から)
- 減価償却費(キャッシュフロー計算書から)
- 株式数(有価証券報告書から)
手順 2:各指標の計算
各類似企業について、PER、PBR、EV/EBITDA を計算します。通常は複数企業の平均値を「比較マルチプル」として使用します。
手順 3:評価対象企業の指標抽出
評価対象企業の EPS、BPS、EBITDA を計算します。
手順 4:マルチプルの適用
類似企業の平均マルチプルに、評価対象企業の指標を掛けます。
PER による評価例
類似企業の平均 PER = 18 倍 評価対象企業の EPS = 120 円 理論株価 = 120 × 18 = 2,160 円
PBR による評価例
類似企業の平均 PBR = 1.8 倍 評価対象企業の BPS = 1,000 円 理論株価 = 1,000 × 1.8 = 1,800 円
EV/EBITDA による評価例
類似企業の平均 EV/EBITDA = 12 倍 評価対象企業の EBITDA = 50 億円 理論 EV = 50 × 12 = 600 億円
手順 5:複数指標の統合と判定
異なるマルチプル法で複数の評価値が得られたとき、それらの平均値や中央値、あるいは加重平均で最終評価を決めます。値がばらつく場合は、なぜそうなるのかを検討し、特定のマルチプルが信頼できるかを吟味します。
割引超過利益モデル(残余利益モデル)
マルチプル法と並ぶ重要な評価手法が、割引超過利益モデル(Residual Income Model)です。試験では R2-Q23 などで出題されています。
考え方:超過利益とは何か
企業が稼ぐ利益には 2 種類があります。
- 必要利益:株主が要求する利益。すなわち「株主資本 × 株主資本コスト」
- 実際利益:企業の決算で計上された利益
実際利益が必要利益を上回れば、その差分を 超過利益(残余利益) と呼びます。
超過利益 = 実際利益 − 必要利益 = 実際利益 − (株主資本 × 株主資本コスト)
なぜこのモデルが有用か
企業価値は「簿価純資産 + 超過利益の現在価値」で表現できます。
株式価値 = 現在の純資産 + 将来の超過利益を割り引いた現在価値
この発想は直感的です。企業の株主価値は「現在持っている資産」と「将来稼ぎ出す利益超過分」の合計だという意味です。
計算式
1 期間の株式価値
V0 = BV0 + [E(Income1) − Re × BV0] / (1 + Re) + [E(Income2) − Re × BV1] / (1 + Re)² + ...
- BV0:現在の純資産(簿価)
- E(Income t):t 期の予想純利益
- Re:株主資本コスト
- BV t:t 期末の予想純資産
簡略化版(定率成長仮定)
V0 = BV0 + [RI1 / (Re − g)]
- RI1 = 1 期の超過利益 = E(Income1) − Re × BV0
- g:超過利益の成長率(通常は成長率 0 と仮定)
計算例
評価企業の状況:
- 現在の純資産 = 100 億円
- 1 期の予想純利益 = 12 億円
- 株主資本コスト = 10%
計算:
必要利益 = 100 × 10% = 10 億円 超過利益 = 12 − 10 = 2 億円
成長率が 0 と仮定した場合の株式価値: V0 = 100 + (2 ÷ 0.10) = 100 + 20 = 120 億円
意味:企業は現在 100 億円の資産を持ち、毎期 2 億円の超過利益を生み出す能力がある。その能力の現在価値(無限永続と仮定)が 20 億円だから、株主価値は 120 億円。
マルチプル法との関係
割引超過利益モデルは、実は PBR と密接に関連しています。
上の例で、120 億円の株式価値÷100 億円の純資産 = 1.2 倍
つまり、PBR = 1.2 倍と表現できます。
この PBR 1.2 倍は「超過利益を生み出す企業の価値」を正当化しています。
DCF 法とマルチプル法の比較
試験では、この 2 つの関係を問う問題がよく出ます。
| 比較軸 | DCF 法 | マルチプル法 |
|---|---|---|
| 評価視点 | 絶対評価(自社の将来 CF) | 相対評価(市場比較) |
| 使い方 | 主たる評価手法 | 補助的な確認手法 |
| メリット | 企業独自の要因を反映可能 | 計算がシンプル |
| デメリット | CF 予測の精度に依存 | 類似企業選定に依存 |
| 市場が割高なときの陥穽 | 予測を厳しくしても、高いマルチプルから逃げられない | 高いマルチプルをそのまま使ってしまう |
実務での使い分け
- DCF 法を主体的に使う:M&A の買収価格交渉、事業部門の内部評価、将来性を詳細に見たい場合
- マルチプル法で確認する:DCF で求めた価格が市場相場とズレていないか、チェック機能として利用
DCF で算出した企業価値を、マルチプル法でクロスチェックすることが実務では標準的です。「DCF の結果が類似企業の EV/EBITDA 倍率と大きく乖離している場合、前提を疑い直す」という使い方です。
企業価値、株主価値、EV をどう行き来するか
企業価値評価の問題で崩れやすいのは、式そのものより どの道具がどの価値を直接出すのか を混同することです。まず 直接出る値 を固定し、その後に 負債と現預金の調整が必要か を確認すると、計算順序がぶれにくくなります。
どの道具が何を直接出すか
| 使う道具 | 分母 / 基礎指標 | 直接出る値 | 負債・現預金の調整 | 1株価値までの流れ |
|---|---|---|---|---|
PER | EPS | 株式価値 | 原則不要 | 理論株価をそのまま読む |
PBR | BPS | 株式価値 | 原則不要 | 理論株価をそのまま読む |
EV/EBITDA | EBITDA | 事業価値(EV) | 必要 | EV − 有利子負債 + 現預金 で株主価値へ直す |
DCF法 | FCF と WACC | 事業価値(企業価値) | 必要 | 企業価値 − 有利子負債 + 現預金 で株主価値へ直す |
割引超過利益モデル | 純資産と超過利益 | 株主価値 | 原則不要 | 直接株主価値として読む |
迷ったときの判断順
- まず、問題が
株式価値を聞いているのか、事業価値(企業価値)を聞いているのかを切ります。 PERとPBRは株主側の価値を直接出します。EV/EBITDAとDCF法は事業価値を直接出します。EV/EBITDAやDCF法で出た値を株主価値へ直すときは、有利子負債を引き、現預金を戻す順で考えます。- そのうえで、
DCF法で出した企業価値がEV/EBITDAから見て極端でないかを確かめると、前提の置き方を見直しやすくなります。
受験生向けの最短整理
PER / PBR = 株式価値を直接出す道具、EV/EBITDA / DCF法 = 事業価値を出してから株主価値へ直す道具 と固定すると、計算の迷いがかなり減ります。
1 株当たり指標(EPS、BPS、DPS)の計算と意味
EPS(1 株当たり当期純利益)
定義
EPS = 当期純利益 ÷ 発行済普通株式数
計算例
当期純利益 100 億円、発行済株式数 5,000 万株の場合: EPS = 100 億円 ÷ 5,000 万株 = 200 円
意味
1 株当たり何円の利益を生み出したかを示します。EPS が増加し続ける企業は、利益が成長している企業です。試験では毎年のEPS成長を観察し、PER と組み合わせて割安割高を判定することが問われます。
BPS(1 株当たり純資産)
定義
BPS = 純資産 ÷ 発行済普通株式数
計算例
純資産 250 億円、発行済株式数 5,000 万株の場合: BPS = 250 億円 ÷ 5,000 万株 = 500 円
意味
1 株当たり企業が保有する資産(負債控除後)の額です。BPS が増加すれば、企業は将来の利益成長の基盤を強化しています。
DPS(1 株当たり配当金)
定義
DPS = 年間総配当金 ÷ 発行済普通株式数
別の表現:DPS = 1 株当たり利益(EPS)× 配当性向
計算例
年間総配当 50 億円、発行済株式数 5,000 万株の場合: DPS = 50 億円 ÷ 5,000 万株 = 100 円
配当性向が 50% なら:DPS = 200 × 50% = 100 円
意味
株主が実際に受け取る現金配当の額です。配当性向(EPS に対する配当の比率)と合わせて、企業がどれだけ利益を株主に還元しているかを示します。
株式価値と有利子負債・現預金の調整
DCF 法で企業価値を求めたあと、株式価値に変換する際の計算は頻出パターンです。
計算順序
企業価値(ファーム・バリュー)= 営業事業の価値
↓(調整)
株主価値 = 企業価値 − 有利子負債 + 現預金 + その他非営業資産
この調整を正確に理解することが不可欠です。
各要素の意味
有利子負債を引く理由
企業価値は「事業全体の価値」であり、それを買収するには負債を引き継ぐ必要があります。株主に帰属する価値を得るには、その分を控除します。
現預金を足す理由
現預金は営業事業の価値に含まれていません(WACC で事業リスクを反映したレート用)。しかし実際には企業が持っている現金で、株主に帰属します。したがって足します。
計算例
企業 Y の DCF による企業価値 = 500 億円
調整項目:
- 有利子負債 = 150 億円
- 現預金 = 30 億円
- 非営業資産(投資関連) = 10 億円
株主価値 = 500 − 150 + 30 + 10 = 390 億円
発行済株式数 1,000 万株なら:
1 株当たり株主価値 = 390 億円 ÷ 1,000 万株 = 3,900 円
典型的なつまずきと対策
つまずき 1:株式価値と事業価値を混同する
誤り:PER で事業価値を評価しようとする、または EV/EBITDA で株式価値を直接求めようとする。
対策:問題文で「企業価値」「事業価値」「株式価値」のいずれを求めているかを最初に確認。PER/PBR → 株式価値、EV/EBITDA → 事業価値(企業価値)。
つまずき 2:EV の計算で現預金を引き忘れる
誤り:EV = 株式時価総額 + 有利子負債(現預金を引かない)
対策:EV の正式な定義は EV = 株式時価総額 + 有利子負債 − 現預金。特に LBO(買収ファイナンス)の文脈では現預金の役割が重要。
つまずき 3:類似企業の選び方を無視する
誤り:業種や規模が大きく異なる企業のマルチプルを使い、数値だけ当てはめる。
対策:類似企業の選定基準(業種、規模、成長率、リスク特性)を明示する。選んだ企業が本当に比較可能か吟味する。
つまずき 4:マルチプル法とDCF法を対立関係で理解する
誤り:「DCF が正しい、マルチプルは補助的」と一方的に判断する。
対策:両者は補完関係。DCF で求めた価値がマルチプル法の結果と大きく乖離していれば、前提を見直す材料となる。
つまずき 5:配当割引モデルと割引超過利益モデルを区別できない
誤り:RI モデルで「将来配当を割り引く」と誤解する。
対策:RI モデルは利益(配当ではなく)から必要利益を引いたものを使う。配当割引モデルは将来配当そのものを割引く別の手法。試験では両者が出題されることもあるため、違いを明確に。
問題を解くときの観点
企業価値評価の問題を解くときの チェックリスト:
- 何を評価しているのか:株式価値か事業価値か
- どの指標を使うべきか:利益ベース(PER)、資産ベース(PBR)、営業CF ベース(EV/EBITDA)のどれか
- 類似企業は妥当か:業種、規模、成長性、リスク が対象と近いか
- 計算順序に誤りないか:EV から株式価値への調整(負債、現金、非営業資産)は正確か
- 結果が常識的か:DCF の結果とマルチプル法の結果が大きく異なる場合、理由は説明できるか
確認問題
問1:PER による理論株価計算
評価対象企業 A 社の当期純利益は 20 億円、発行済株式数は 1,000 万株です。類似企業 5 社の平均 PER が 18 倍の場合、A 社の理論株価を計算してください。
ステップ 1:A 社の EPS を計算。 EPS = 20 億円 ÷ 1,000 万株 = 200 円
ステップ 2:類似企業の平均 PER を適用。 理論株価 = EPS × 平均 PER = 200 × 18 = 3,600 円
回答:3,600 円
問2:PBR による理論株価計算
企業 B 社の純資産は 80 億円、発行済株式数は 2,000 万株です。比較企業の平均 PBR が 2.0 倍のとき、理論株価を計算してください。
ステップ 1:B 社の BPS を計算。 BPS = 80 億円 ÷ 2,000 万株 = 400 円
ステップ 2:類似企業の平均 PBR を適用。 理論株価 = BPS × 平均 PBR = 400 × 2.0 = 800 円
回答:800 円
問3:EV と株式価値の関係
企業 C 社の事業価値(EV)が 600 億円です。有利子負債が 200 億円、現預金が 40 億円、発行済株式数が 800 万株の場合、1 株当たり株主価値を計算してください。
ステップ 1:株主価値を計算。 株主価値 = EV − 有利子負債 + 現預金 = 600 − 200 + 40 = 440 億円
ステップ 2:1 株当たり株主価値を計算。 1 株当たり株主価値 = 440 億円 ÷ 800 万株 = 550 円
回答:550 円
問4:EV/EBITDA 倍率の計算と評価
評価対象企業 D 社:営業利益 50 億円、減価償却費 15 億円、株式時価総額 400 億円、有利子負債 100 億円、現預金 20 億円。
類似企業の平均 EV/EBITDA が 8 倍の場合、D 社は割安か割高か判定してください。
ステップ 1:D 社の EBITDA を計算。 EBITDA = 50 + 15 = 65 億円
ステップ 2:D 社の EV を計算。 EV = 400 + 100 − 20 = 480 億円
ステップ 3:D 社の EV/EBITDA 倍率を計算。 EV/EBITDA = 480 ÷ 65 ≒ 7.4 倍
ステップ 4:評価。 類似企業が 8 倍なのに対し、D 社は 7.4 倍 → 割安
回答:割安(約 0.6 倍分、相対的に割安と判定)
問5:割引超過利益モデルの計算
企業 E 社:現在の純資産 150 億円、1 期の予想純利益 18 億円、株主資本コスト 12%。超過利益が永続すると仮定した場合、株主価値を計算してください。
ステップ 1:必要利益を計算。 必要利益 = 150 × 12% = 18 億円
ステップ 2:超過利益を計算。 超過利益 = 18 − 18 = 0 億円
ステップ 3:株主価値を計算。 V = 純資産 + 超過利益 ÷ (Re − g) = 150 + 0 ÷ 0.12 = 150 億円
回答:150 億円(PBR = 1.0 倍 を示唆)
補足:この企業は純資産と同等の価値しかない。つまり、株主資本コストと同等の利益しか生み出していない(超過利益がない)状態です。
問6:DCF法と EV/EBITDA の往復確認
企業 F 社について、DCF法 による事業価値が 900 億円、EBITDA が 100 億円、有利子負債が 250 億円、現預金が 50 億円、発行済株式数が 1,000 万株である。類似企業の平均 EV/EBITDA は 8 倍とする。
ステップ 1:DCF法が示す EV/EBITDA を計算。
DCF ベースの EV/EBITDA = 900 ÷ 100 = 9.0 倍
ステップ 2:類似企業平均との差を見る。 類似企業平均は 8 倍なので、F 社の DCF 前提は市場比較よりやや強気です。
ステップ 3:株主価値へ直す。 株主価値 = 900 − 250 + 50 = 700 億円
ステップ 4:1 株当たり価値を計算。 1 株当たり株主価値 = 700 億円 ÷ 1,000 万株 = 7,000 円
回答:DCF法は 9.0 倍 を示し、類似企業平均 8 倍 より高めです。1 株当たり株主価値は 7,000 円。このズレが大きすぎるときは、FCF 成長率、WACC、類似企業選定 のいずれに無理があるかを点検します。
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- ファイナンス — 資本コスト、WACC、CAPM の基礎
- MM理論と配当政策 — 配当割引モデルとの比較
- デリバティブとリスク管理 — オプション・先物の基礎
- ファイナンス 基本確認問題 — 1 次試験対策の総合演習
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